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ブラジル

ブラジル連邦共和国、通称ブラジルは、南アメリカ に位置する連邦共和制国家。首都はブラジリア。

南米大陸で最大の面積を占め、ウルグアイ、アルゼンチン、パラグアイ、ボリビア、ペルー、コロンビア、ベネズエラ、ガイアナ、スリナム、 フランス領ギアナと国境を接しており、南米諸国で接していないのはチリとエクアドルだけである。

また、大西洋上のフェルナンド・デ・ノローニャ諸島、トリンダージ島、マルティン・ヴァス島、サンペドロ・サンパウロ群島 もブラジル領に属する。その国土面積は日本の22.5倍で、アメリカ合衆国よりは約110万km2小さいが、ロシアを除いたヨーロッパ全土 より大きく、インド・パキスタン・バングラデシュの三国を合わせた面積の約2倍に相当する。

ブラジルは南アメリカ大陸最大の面積を擁する国家であると同時にラテンアメリカ最大の領土・人口を擁する国家で、面積は世界第5位である。 南北アメリカ大陸で唯一のポルトガル語圏の国であり、同時に世界最大のポルトガル語使用人口を擁する国でもある。公用語はポルトガル語 ではあるがスペイン語も比較的通じる。

また、ラテンアメリカ最大の経済規模であり、同時に世界で7番目の経済規模でもある。 同国は北部が赤道直下で、全体的に海流等の影響もあり気候は大変温暖であり、中南米最多の人口と経済規模である。

政治

総合

大統領制を敷き、大統領を元首とする連邦共和制となっている。 東西冷戦期の1964年から1985年まで親西側の軍事政権下にあった。なお、軍事政権下の当時から現在にいたるまで、 官僚や政治家、警察の腐敗や汚職は拡がったままである。

行政

大統領および副大統領の任期は4年で、一度限りにおいて再選が認められている。大統領は国会により弾劾されることが可能である。 現在はジャイール・ボルソナーロ大統領。現行憲法は1988年憲法である。

立法

議会は上院(元老院、定数81)・下院(代議院、定数513)の二院制である。

政党

労働者党、ブラジル民主運動党、社会大衆党、ブラジル社会民主党などがある。

投票権

投票は18歳から70歳までの読み書きができるすべての国民に義務づけられている。希望すれば16歳以上、もしくは70歳を超える 国民や読み書きのできない国民も投票することができる。

政権

2003年1月にルーラ政権が発足した。元労働組合の指導者だったルーラ大統領は「飢餓ゼロ」計画を打ち上げ、貧困家庭向けの食料援助や 援助金制度などを推進した。貧困家庭の生活水準改善を着実に進め、経済発展に取り残されていた内陸部へのインフラ整備 も進みつつある。外交面では、南米統合へのリーダーシップも発揮した。2006年6月24日にルーラ大統領は政権与党の労働党の全国大会で 大統領候補指名を受託し、10月の大統領選挙で貧困層の圧倒的な支持を得て再選した。

ルーラ政権下では2014 FIFAワールドカップブラジル大会やリオ・デ・ジャネイロオリンピックという二大スポーツイベントの 招致に成功し、開催へ向けての準備が始まっていた。

2011年1月1日からは労働者党出身のジルマ・ルセフ新政権が発足し、ルーラ前大統領の政策を受け継いでいたが2016年5月12日以降は ミシェル・テメル副大統領が大統領代行を務めている。

2019年1月1日よりジャイール・ボルソナーロ大統領が政権を担った。長らく左派が政権を占めていた国で生まれた極右の大統領の登場に 国内外で賛否両論が巻き起こった。「年金改革」と「汚職や犯罪との戦い」を掲げ、治安強化と軍政賛美の姿勢を見せている。

国際関係

昔からウルグアイと領土の駆け引きを行っていて、ウルグアイに対して強い影響力を持っている。 パラグアイとも戦争を起こして、強い影響力を及ぼすようになった。

2010年12月パレスチナ自治政府を国家承認した。また、2016年2月には西半球の国では初のパレスチナ大使館も設立した。 アメリカとは良好な関係を築いている。アルゼンチンとチリとブラジルは軍拡競争による対立関係にあった。

1980年後半代になってから南アメリカの大国としてアルゼンチンやパラグアイなどの近隣諸国のみならず、アジアやアフリカ、 中近東諸国などとも全方面外交を行い、WTOやメルコスールなどを通して積極外交を行うほか、没落したアルゼンチンに代わって ラテンアメリカ諸国をまとめるリーダーとして国連改革を積極的に推進し、国連安全保障理事会の常任理事国入りを 日本やインド、ドイツなどとともに狙っているとされる。

またポルトガル語圏の一員として旧宗主国のポルトガルや、アンゴラ、モザンビーク、東ティモールとも強い絆を保っている。 ブラジルは主権の相互尊重の原則を根拠に対等な外交施策をとることで知られる。ブラジルはテロリスト対策として入国する アメリカ人を対象に、顔写真と指紋の登録を実施した。

またブラジルは、南米で唯一日本人が観光目的を含めた短期滞在のために入国するときにビザが必要な国でもある。これも、 日本政府がブラジルからの入国に対してビザを求めていることに対する、相互尊重の原則を根拠にした対抗措置である。

日本との関係

日本との外交関係は1895年の修好通商航海条約調印から始まり、そのころから移民が住み着くようになった。 その後戦争中は制限がなされたりした後、再び活発に移動や交流を行うようになった。

特に1908年から1950年代にかけて、多くの日本人がブラジルに移り住んだ。日本人移民の子孫は5世、6世の世代になり、サンパウロの 世界最大級の日本人街「リベルダージ」を中心に、海外で最大の日系人社会を持つなどブラジル社会に完全に溶け込んでいる。 日系ブラジル人は政治や経済などで、高い地位に就くものも多いほか、特に長年の農業における高い貢献は非常に高い評価を得ている。

また、1950年代以降、日本の高度経済成長期にかけて東芝やトヨタ自動車、東京海上日動、コマツ、ヤクルト本社、日本航空など、 重工業から金融、サービス業や運送業に至るまで、さまざまな業種の日本企業がサンパウロを中心に2018年時点で500社以上進出しており、 世界でも有数の規模の日本人学校、サンパウロ日本人学校など、ブラジル国内に複数の日本人学校があるほか、日本においてもブラジルの音楽やスポーツ、 料理などの文化が広く親しまれており、また、両国間の人的交流が活発にあるなどその関係は非常に深いものがある。在留邦人は約6万人、在日ブラジル人は約23万人である。

1962年に両国による合弁事業であるウジミナス製鉄所へのODAによる融資を行って以降、電気や港湾、衛生設備など、各種インフラの 充実を中心としたODAが継続的に行われている。

軍事

1889年の共和制革命で主要な役割を果たしたことがおもな理由となり、軍は伝統的に政治に強い影響力を持ち、1920年代ごろから 「テネンチズモ」と呼ばれる、革新的な青年将校が強い影響力を持って政治を進めようとする傾向が生まれ、ヴァルガス体制 の設立にも協力した。

ブラジルは第一次世界大戦、第二次世界大戦の時も参戦して、ドミニカ共和国の内戦の時にも治安維持に派遣されて、 アメリカに協力している。1982年にアルゼンチンとの融和が実現して、軍事的な緊張関係はなくなった。

12か月の徴兵制を敷いており、総兵力は約32万人ほどである。陸軍・海軍・空軍の三軍が存在する。軍事政権期には核開発計画を 進めていたが、1988年にアルゼンチンとともに核計画の放棄を宣言した。

近年は国連のPKOに積極的に派遣されている。兵器の国産化が進んでいる。輸出も行っている。 兵器はメンテナンスに苦労している。少ない予算で大事に使い込んでいる。

近年の軍事費の対GDP比は1.5%程度で推移しているが、その広大な国土と多数の人口規模に比して、2009年の予算総額は297億ドル と圧倒的に少ない。2011年の予算は354億ドルとなり、若干の微増になってはいるものの、装備の近代化はまったく進んでいないのが実情である。

地理

国土は、流域を含めると705万km²及ぶアマゾン川と、その南に広がるブラジル高原に分けられるが、広大な国土を持つだけに さまざまな地形があり、北部は赤道が通る熱帯雨林気候で、大河アマゾン 川が流れる。近年、環境破壊によるアマゾン川流域の砂漠化が問題となっている。

気候

ケッペンの気候区分によると、国土の93%は熱帯地域に属す。気候は亜熱帯性気候、半砂漠型サバナ気候、熱帯雨林気候、 熱帯モンスーン気候、高地の亜熱帯性気候、温帯夏雨気候、温暖湿潤気候に 分類できる。大西洋沿岸は全体的に温暖なため、リオデジャネイロやレシーフェなどのリゾート地が多い。南部3州の標高が高い 地域では雪が降ることもある。

経済

サンパウロはビジネス、文化、政治などを総合評価した世界都市格付けで世界34位の都市と評価された IMFの調査によると、2013年のGDPは2兆2,460億ドルであり、世界7位、南米では首位である。一方、1人あたりの名目GDPは1万1,173ドルであり、 先進国と比較すると依然低い水準である。

建国以来長らく、イギリスやアメリカ合衆国、日本をはじめとする先進国からの重債務国であったが、ブラジルの支払い能力に応じたもので あった。その後はやや強引な経済対策を行っている。1968年から1973年にかけてはクビシェッキの狙い通り、「ブラジルの奇跡」と呼ばれる 高度経済成長を達成したが、第一次オイル・ショックによって挫折を余儀なくされた。

1970年代の経済政策の失敗により、外貨準備は底を尽き、さらに債務が激増していった。 その後しばらく混乱状態が続き、1994年に新しい金融制度を導入してハイパーインフレを抑えた。

合計4回にわたってデノミを行い、通貨の価値を実に2兆7,500億分の1という切り下げを断行し、新通貨レアルに交代した。1994年になって、 新通貨レアルとともに「レアル・プラン」と呼ばれるドル・ペッグ制を導入することによって、ようやくハイパーインフレを抑えることに成功。 その後、1999年に起こったブラジル通貨危機により、一時は国家破綻寸前まで陥った。

ルーラ政権では発展途上国向けの貿易拡大が行われ、ブラジルは長く続いた累積債務問題の解消へ向かう。その後の経済の回復とともに 2007年には国際通貨基金への債務を完済し、債務国から債権国に転じた。

メルコスール、南米共同体の加盟国で、現在ではロシア、中華人民共和国、インドと並んで「BRICs」と呼ばれる新興経済国群の一角 に挙げられるまでに経済状態が復活した。

重工業

中でも航空産業が盛んで、エンブラエルは現在、小型ジェット機市場の半分近いシェアを誇り、一大市場である欧米諸国や日本 などのアジア各国をはじめとする世界各国へ輸出されているなど、その技術力は高い評価を得ている。

公衆衛生・教育などの公共サービスや交通インフラの水準は先進諸国に比べ低く、沿岸部と大陸内部の経済的な格差や貧富の格差 がとても大きいが、経済や財政の好転を背景に近年急速に改善されつつあり、貧困層の生活水準の底上げは内需の拡大にも貢献している。

また、GDPにおける税の割合は30%を超えており、BRICs諸国で突出している。これは、貧困層への援助のために課税が行われている ためであるが、高い税率に嫌気がさしている富裕層からは現政権に対して不満の声があがり始めている。2014年からは景気後退が続いている。

経済改革

2016年、憲法を改正して歳出の伸びに20年にわたる上限を設定した。本改正は2036年までの20年間、利払いを含まない 連邦歳出の伸びを前年のインフレ率の範囲内に抑える、すなわち歳出を実質ベースで2016年レベルに固定せんとするものである。

経済改革

2016年、憲法を改正して歳出の伸びに20年にわたる上限を設定した。本改正は2036年までの20年間、利払いを含まない 連邦歳出の伸びを前年のインフレ率の範囲内に抑える、すなわち歳出を実質ベースで2016年レベルに固定せんとするものである。

工業

安価な労働力と豊富な天然資源により、ブラジルは2004年度の国民総生産(GNP)で世界第9位に位置し、南半球および南アメリカ の国家における最大の経済規模を有する。

第二次世界大戦後の1950年代以降、急速な工業化を推し進めるとともに経済発展を遂げ、軍事政権の外資導入政策によって1960年代 後半から毎年10%を超える成長率を見せる。

これにより日本やアメリカ、ドイツやフランスなどのヨーロッパ諸国などの先進工業国からの直接投資による現地生産や合弁企業の 設立も急増し、自動車生産や造船、製鉄では常に世界のトップ10を占めるほどの工業国となったが、1950年代後半からの 首都ブラジリア建設の負担や、1970年代初頭のオイルショック、さらには外国資本の大規模な流出などで経済が破綻した。

これらの結果1970年代後半には経済が低迷し、同時に深刻な高インフレに悩まされるようになったため、これ以降グルジェル のように業績が悪化・倒産する企業が相次いだ。その後経済は悪化するが、ルーラ政権のもとで立て直して、今に至っている。

農業

農業では、かつてはブラジルボクやゴムの生産を中心とした。ブラジルボクはポルトガル語でパウ・ブラジルと呼ばれ、赤茶色の 木地を持つ、堅く重たい木である。1970年から21世紀初頭にかけて農業発展が急速に進んだ。

また同時に、現地に適した種子の開発や栽培方法の確立などについても、ブラジル国内に専門の研究所を設立して支援するなど、 日本はハード面とソフト面の両面にわたって支援し大きな成果を残した。現在では、ブラジルは大豆の生産ではアメリカ に次ぐ世界第2位の地位を占めている。

植民地から、独立後の帝政期にかけてのブラジルの北東部ではサトウキビのプランテーション栽培が盛んだった。カリブ海諸国 と同様に、サトウキビを作るときは労働力としてアフリカから連れてきた奴隷を働かせた。

しかし、米州でももっとも遅い1888年にようやく奴隷制が廃止されると、栽培の主流作物も サトウキビからコーヒーへと移り、大量導入していたヨーロッパ からの移民を労働力におもに南東部のサンパウロ州を中心にしてコーヒー豆の栽培が進んだ。

コーヒーの輸出量は、世界第1位である。これは、人的労働が重要なコーヒー生産において、なにより安い労働力を得やすいという 事情によるところが大きいが、霜の降りにくい高台地帯の広いことも幸いしている。

貧困層がアマゾン熱帯雨林でいまだに焼畑農法を行っており、自然環境の破壊につながるとして問題視されているが、むしろ 同地域を大規模に焼き払うのは当地での農業生産を目指す企業である場合が多い。

牧畜が盛んであり、近年まで「1ヘクタールに足1本」とまで言われていた。最近では都市近郊の農家の所得向上と相まって集約的な 畜産業が行われるようになってきており、特にサンパウロ等大都市周辺の養鶏などは近代的システムの下で行われている。 その後、牛を大規模な牧場で養うことで発生する環境問題に悩まされることになった。

日系移民者の貢献

かつて日本人が農業移民としてブラジルに入植して以来、日本人は「農業の神様」と呼ばれ、現在に至るまでブラジル社会における 日系ブラジル人の高いステータスを確保する重要な礎になっている。果実生産でも日本人は多く貢献している。

エネルギー

ペトロブラスは、1953年に経済的独立のための国営企業として成立した。その後、民営化プロセスに成功し企業は急拡大、カナダ のオイルメジャーを買収し、欧米のオイルメジャーと張り合える 存在となっている。カンポス沖とサントス沖を中心に油田を多数保有し、最近発見相次ぐ新型油田により近い将来輸出国への転換 を見込んでいる。

ブラジルはエネルギーの供給源を豊富に持っていて、輸出に強いアドバンテージを持っている。 ブラジルは水資源が豊富で、水力発電が占める割合は大きい。パラグアイと共同建設した同国国境地帯のパラナ川流域に位置する 世界最大のイタイプー・ダムから電力を買っているほか、国内各地にダムがある。ウラン埋蔵量は世界第6位であるが、原子力電力はまだまだ少ない。

観光

同国において観光業は成長分野として見られており、現今も同国内の幾つかの地域における経済の「鍵」とされている面がある。 外国人観光客は主にアメリカ州の国々が多い。

次いでヨーロッパ州の国々から訪れる外国人が中心となっている。   他にはオセアニアではオーストラリアから、アジアでは中国、韓国、日本からの観光客が同国を訪れていることが判明している。

交通

旅客および貨物輸送の約85%を道路輸送に依存しているが、国土が広大なことより古くから航空運送が盛んなうえ、長い海岸線や豊富 な河川を元にした水上輸送も盛んに行われている。

陸運

第二次世界大戦後は自動車の一般層への普及が進むとともに、高速道路網が急速に発達した。 排気ガスによる大気汚染が問題視されている。

現在の道路の総延長距離は165万キロであり、旅客および貨物輸送の約85%が道路輸送に依存している。 大気汚染対策として鉄道が再び注目を浴びている。

バス

高速道路網の発展とともに、寝台設備やトイレ、エアコン完備した長距離バスによる路線網が国中に張り巡らされ、手軽で安価な 交通手段として重宝されている。

航空

国土が広大なために古くから航空網が国中に張り巡らされており、現在国内に2,000を超える空港を有しており、アメリカやロシアなど と並ぶ航空大国として知られている。最近は格安航空会社の台頭が目立っている。

科学と技術

20世紀の間、ブラジルは基礎研究や先端技術では欧米諸国に遅れを取ってしまったが、それでもライト兄弟と同様に飛行機開発の パイオニアだったアルベルト・サントス・ドゥモンのように、科学技術の発展に大きな 貢献をもたらした技術者が存在し、近年では1970年代から進められた燃料用エタノールの研究により、 この分野では世界的なパイオニアとなっている。

国民

白人が約4割と混血が約4割の構成になっている。 ブラジル人は大きく4つのグループに分かれる。トゥピー・グアラニー語族の言葉を話す先住民、 植民当時のポルトガル系、アフリカからの黒人奴隷の子孫、そして19世紀半ばからブラジルに定住するためにポルトガル以外のヨーロッパ、中近東、 日本を中心としたアジア諸国からやってきた移民である。

ヨーロッパ系ブラジル人の多くは元ポルトガル人で、植民地時代はポルトガル人と原住民、黒人奴隷との雑婚が常態であった。 他にもいろいろな地域から移民が入ってきている。 白人人口は半数を割り込み、「黒人」「混血」が過半数を占めた。

言語

公用語はポルトガル語であり、ブラジル生まれの国民のほとんどにとっての母語でもある。ただし、 ブラジルで使われるポルトガル語は語彙の面でアフリカやインディオの影響を受けているため、ブラジル・ポルトガル語 と言われるほど本国ポルトガルのポルトガル語とは多少異なっている。

宗教

ブラジルは、世界でもっとも多くのカトリック人口を擁する国である。国民の約73%がカトリックの信者で、これは1億1,240万人 に相当し、カルナヴァルなどをはじめとして現在も社会に強い影響を持つ。プロテスタント信者も1970年代より伝統的なルター派、 プレスビテリアン、バプティストなどが増加し、近年はペンテコステ派やネオペンテコステ派も増加している。プロテスタントの信者 は人口の15.4%となっている。

日本発祥の宗教として創価学会の会員が存在するが、信者の大部分はブラジル生まれの非日系、非アジア系人である。ほかにも 世界救世教、立正佼成会、霊友会、生長の家や統一教会などが布教活動をしている。無宗教者は人口の7.3%である。

婚姻

ブラジルにおいて結婚とは「同じ家に住み、その中で子供を授かること」と捉えられている。その観念は、現在の婚姻に対する 意識や法律にも反映されている。

婚姻には手続きが必要である。 なお、同国では親ならびに保護者の同意があれば16歳から結婚することができ、18歳以降からは当事者の意思のみの婚姻が 可能となっている。

婚姻の際、自身の名前をそのまま名乗ることも、配偶者の姓に改姓することも、配偶者の姓を付加することも可能。 2002年の法改正で別姓が可能となった。さらに、2013年より、ブラジルのどの州においても同性同士の結婚(同性婚)が認められるようになった。

教育

ブラジルを代表する教育理論家パウロ・フレイレ。フレイレの考案した貧しい人々による識字教育の取り組みへの理論は、 ブラジルのファヴェーラのみならず、世界中で実践されている

初等教育と中等教育、高等教育からなり、初等教育と前期中等教育を併せた 義務教育は8年間、後期中等教育は3年間となっている。義務教育年齢の児童の中、学校に行っている者の率は約97%となっている。 また、1990年代から中等教育を受ける者が急増している。

中等教育を終えると高等教育への道が開ける。 おもな問題としては初等、中等教育における落第率の高さや教室、校舎数の不足などが挙げられる。 現在の初等教育はきちんとされていて2004年に推計された15歳以上の人口の識字率 は88.6%(男性:88.4%、女性:88.8%)である。

正規の大学は20世紀になってからの1912年にクリティーバのパラナ連邦大学がようやく建設されたために 、高等教育の歴史は深くはない。

治安

ブラジルの文化は、インディオと呼ばれるトゥピ・グアラニー系の先住民や、ヨーロッパやアフリカ、 アジアからの移民などが持ち込んださまざまな文化が織り成すモザイクだと評されることが多い。

主に大都市、地方都市を問わず重犯罪が頻発している。人口10万人あたりの犯罪発生率は日本の数十倍から数百倍であり、2012年の 統計では、殺人は日本の34倍、強盗は約315倍となっている。2011年から2015年までの4年間に、ブラジルでは28万人近くが殺害されたといわれる。 スラム街は特に危険なエリアであり、警察がストライキを起こしているときは、犯罪が多発しやすくなる。 汚職事件が多発しやすく警察の能力不足と指摘されている。

通信とメディア

軍事政権下で報道の自由はある程度制限されたものの、民政化された現在では完全に自由な報道が行われている。 特にサッカーの報道は質が高い。インターネットの普及は4割であまり進んでいない。

文化

ブラジルの文化は、インディオと呼ばれるトゥピ・グアラニー系の先住民や、ヨーロッパやアフリカ、 アジアからの移民などが持ち込んださまざまな文化が織り成すモザイクだと評されることが多い。

古くから音楽や建築、スポーツなどの分野で世界的に高い評価を受けることが多く、世界的に有名なミュージシャンや スポーツ選手、芸術家を多数送り出している。また、多彩な文化的な背景を 持つ国民を対象にした広告表現などでも近年では高い評価を受けている。

ポルトガルの文化とブラジルの文化を象徴する言葉に「サウダージ(Saudade)」という言葉がある。 郷愁、慕情の意味であるが、多くのブラジル人はこの表現が ポルトガル語にしかないと信じている。

食文化

いろいろな地域のグルメが混合して普及している。ビールの生産も多い。ワインの生産も行われている。 ガラナ飲料も良く飲まれている。フルーツの栽培が盛んである。寿司はブラジルでも人気を誇っている。

文学

19世紀を代表するムラートの小説家 マシャード・デ・アシス。ブラジル文学アカデミー初代会長でもある 文字によるブラジル文学は、16世紀にブラジルに到達したポルトガル人のペロ・ヴァス・デ・カミーニャ の『カミーニャの書簡(ポルトガル語版、英語版)』に起源を持つ。

音楽

ブラジルの音楽はトゥピー・グアラニー系のインディオ、アンゴラ、ナイジェリアをはじめとするアフリカ、ポルトガル やその他ヨーロッパの伝統が混じりあって発展した。 したがってブラジルにおける音楽的文化は非常に高く、貧富の差を問わず多くの国民が音楽を好む傾向にある。また、 それらの複合的なメロディーと独特なリズムやハーモニーの要素から、古くより世界的に高い評価を得ている。 日本でもほかの地域のワールドミュージック愛好者に比べれば、ブラジル音楽を愛好する人は非常に多い。

おもな音楽のジャンルとしては、日本でも一般に知られるサンバやボサノヴァに加え、ショーロ、MPB、 あるいはフォホーをはじめとするノルデスチ、バイーアのアシェーなどが挙げられる。

若者は欧米の音楽を好む人が多い。 ブラジル音楽では、サンバなどで使われるパンデイロやスルド、タンボリン、ビリンバウなどブラジルで 発展・発明された楽器が多い。いろいろな楽器の有力な演奏者を輩出している。 クラシック音楽やジャズの分野においても重要な音楽家を輩出している。

建築

ブラジルにおける建築は、宗主国であったポルトガルの文化の影響が強く、植民地時代からのものが基盤となっている。

映画

ブラジルはアルゼンチン、メキシコとともにラテンアメリカでも特に映画制作が盛んな国である。ブラジルに映画が 伝えられたのは1896年7月で、リオでヨーロッパから持ち込まれた映写機の 実演に始まる。1905年ごろには短編作品が多く撮影され、各地に映画館が建てられた。1930年にマリオ・ペイショット の『リミッチ』が製作され、これはイギリスやソヴィエトでも上映された。

カーニバル

リオデジャネイロで行われるカーニバルは世界的に有名で、世界各国から多くの観光客を呼び寄せている。

世界遺産

ブラジル国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が10件、自然遺産が7件存在する。

スポーツ

サッカーはブラジルの国技であり、最も人気の高いスポーツであり、さらには国民的なアイデンティティーでもある。 またフットサルやビーチサッカーも盛んである。 サッカーブラジル代表はFIFAワールドカップにおいて唯一、2022年大会までの22大会全てにおいて本大会出場を果たしており、 1958年大会、1962年大会、1970年大会、1994年大会、2002年大会とW杯最多となる5度の優勝を誇る。