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台北

台北市は、台湾本島北部にある中華民国の直轄市。2019年10月時点での人口は2,646,204人 であり、市域の人口では衛星都市の新北市と中部台中市、 南部高雄市に抜かれて4番目であるが、中華民国の首都である。

中華民国最大の都市圏である台北都市圏の中枢都市であり、 アジア屈指の世界都市でもある。面積は約272平方キロメートルで四方を新北市に囲まれている。

台北市は急速な人口増加のため、台北盆地の山際にまで都市化が進展している。北部は夜市で有名な士林、山の手高級住宅地の天母、 温泉で有名な北投から、地域内には台北最古の寺・関渡宮が立地している関渡にいたる。

中心部は古くから栄えた地域であり、日本時代の建築や清時代の遺構が多い。総統府、台北最古の寺の一つの龍山寺、古くからの繁華街・西門町もここにある。 南部には茶の産地である木柵を擁する。

台北市は台北盆地に位置し、大屯火山群が市北部北部に位置し、市南部の円山、大直、内湖に向かって緩やかな傾斜を生み出している。 最高海抜は七星山の1,120mであり、続いて大屯山の1092mが続いている。

山間部の中心は北投の外延に広がる火山地帯である。市東部の内湖、 南港及び南部の木柵では丘陵地帯となっており、標高約300mの南港山系が広がっている。

台北市内は淡水河の流域に分類される。淡水河は主流以外に支流の新店渓が大同区、万華、公館、景美などの地域を流れている。 基隆河は基隆市暖暖区や新北市汐止区、南港、松山、内湖、大直、士林、社子を経た後関渡一帯にて淡水河で合流している。

河道が湾曲していることから、かつては大雨ごとに水害が発生していたが、現在は士林、内湖、南港の河道を修正する工事 を行い水害被害を防ぐ治水事業が完成している。

これ以外には景美渓は景美にて新店渓より分岐し、景美、木柵を経て新北市深坑区へと流れている。双渓は士林、 北投境界一帯より基隆河が分岐したものであり、磺渓はその双渓より分岐している。双渓は芝山岩、 外双渓谷を流れ、鉱渓は石牌、天母などを流域に含んでいる。

台北市は北緯25度付近の東アジア大陸と太平洋のあいだに位置し、シベリア高気圧と温暖湿潤な太平洋高気圧の影響を受けた亜熱帯気候が特徴である。 ケッペンの気候区分では温暖湿潤気候 (Cwa) に属する。台湾では四季の変化が顕著な地域であり、 一般に3~5月を春、6~8月を夏、9~11月を秋、12~翌年2月を冬としている。

経済

台北市は中華民国経済の中で金融、メディア、通信の中心地としての地位を占めている。2011年9月、英国のシンクタンクのZ/Yenグループにより 、世界第23位の国際金融センターと評価されている。

産業方面では経済の急速な発展により市民の所得が増大し、高い消費能力とそれに付随 する産業の発展が特徴であり、サービス業などの第三次産業が台北経済の9割を占めるようになっている。

その中には卸売り、小売、貿易、飲食、金融サービス、物流サービス、通信事業、インターネット関連、そしてSOHOを含んでおり、特に小売業では人口当たりのコンビニの店舗数が 世界一となっている。また台北市のテクノロジー関連でも整備が進み情報ハイウェイを目指す台湾のコンピューター通信網は世界でも先端の設備率を有している。

労働市場

2006年3月現在、15歲以上の民間人口は約213万、実質労働人口は118万6千である。就業者数は114万、失業者数は4万7千であり、 失業率は3.9%である。また外国人労働者はいわゆるホワイトカラーが約2万9千人、ブルーカラーが4万3千人就業している。

交通

人口が集中している台北では密度の高い道路網が構築されている。1900年代から1980年代にかけて中華路、忠孝東路、仁愛路、羅斯福路、 基隆路等の高規格道路が建設されたが、それを補完すべき補助道路の整備が遅れ、特に旧市内では極めて狭隘な道路が出現し、交通動線を 阻害するものとなっていた。

1970年代後半より路地に駐車しやすいスクーターが市民の足として活用されるようになると、車道をスクーター が占める特殊な景観を生み出す原因となっている。スクーターに乗っていると口回りが真っ黒くなるためマスクをして乗っている人が多い。

台北市内の主要な道路は中国の地名、政治上の人名、古典により命名されるのが原則となっている。しかし新しく建設された道路ではその 地域の名称、美雅字、自然景観や建築物の名称により命名されている。この他、信義区の再開発地域では、以前は松山区に属していたことから 「松」を冠した道路名や、文山区の景美地区では、以前は景美区に属したことから「景」を冠した道路名が使用されている。

2004年より、台北市政府は国際化と外国人観光客の利便を考慮し東西南北に漢字名とは無関係に番号による道路表記を開始し、同時に 東西南北を付すことで表記を行っている。この方法によれば南北に第1大道から第10大道、東西に第1大街から第14大街と表記することが 定められたが、台湾人のあいだで定着しているとは言えない状態となっていたため、結局廃止された。

橋梁

台北市は淡水河に囲まれている立地から新北市との交通には橋梁に依拠した交通となっている。橋梁の名称は道路名、人名、古典、河川、 地名によりつけられている。市内より新北市へ移動する際には道路名に加え橋梁名により経路を示すことが一般的であり、タクシーなどでも 橋梁を指定することが多い

文化

台北には1900年代より多くの日本統治時代の建築が残されている。その中でも特に、台北の中心地にあり、台湾の政治・経済の中枢を担う中央官衙 は、総統府、台北賓館、司法院、監察院、台湾銀行 などが立ち並びコロニアル調の風情を感じさせる建築群として知られており、台北のシンボルにもなっている。

市内にも多くの日本統治時代の建築が点在している。1920年代の日本人の住宅地である「昭和町」の日本家屋も残っている。 都市化が進むなか貴重な文化資産として、残存するおよそ60棟のうち10棟ほどが文芸施設やレストランとして改築され保存されている。 市内郊外の北投温泉街も日本統治時代の建築群の一例である。士林夜市の近くには台北市内現存する唯一の神社の円山水神社も残っている。

一方、台北市の東部にある信義区の副都心は、高層ビルや商業施設が立ち並び、急速に発展を遂げる地区である。台北市政府が移転し 、2004年完成の台北101を中心とする新しい高層ビル群が立ち並び、国際都市としてインフラ整備が実施されている。台北101は、 2004年に当時世界第1位の高さとなる超高層ビルとして完成し、地上449mの高さにある91階には屋外展望台がある。

中国との関係改善が進むに連れて、中国からの投資資金が流入し、住宅価格が高騰している。一般人の年収の約15倍に達しており、 住民の年収比での住宅価格は世界一との指摘もある。2013年の住宅価格は、2003年の倍にのぼる。