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タイ

また、国民の高い教育水準や立憲君主制を基にした比較的安定した国政、そして豊かな国土を背景に、1960年代以降徐々に工業国への道 を模索し、日本や欧米各国の資本の誘致に成功しつつ、地元資本の振興にも成功し、1967年には東南アジア諸国連合に結成時から加盟。

1989年にアジア太平洋経済協力に結成時から参加した。また、豊富な観光資源と国際的な交通の要所という地の利を背景に、 日本やヨーロッパ、オーストラリアなどからの人気観光地としての座を獲得した。

さらに、1970年代より日本や欧米諸国の大企業の進出を背景にした本格的な工業化、特に機械や造船など重工業化へのシフトを進める とともに、それらを背景にした高度経済成長が始まり、バンコクやチェンマイなどの大都市を中心にインフラストラクチャーの整備 も急速に進むこととなる。

タクシンシナワットとウラジミールプーチン、APEC 20031997年に始まったアジア通貨危機により、タイ経済は一時的に停滞したものの、 その後は急激な回復を見せ、日本企業や中国企業の進出も増えた。タクシン派と反タクシン派による、政権への駆け引きが絶え間なく繰り広げられてる。

タイの気候はケッペンの気候区分では熱帯性に分類され、モンスーンの影響が大きい。5月中旬から10月頃にかけては空気が湿り、生暖かく、 スコールなどを特徴とする雨季に見舞われる。北部および中部では、8月から10月にかけて降雨量が多く、しばしば洪水が引き起こされる その後、11月から3月中旬までは雨が少なく、比較的涼しい乾季となり、12月頃に寒さのピークを迎える。

タイ北部の山岳地帯では降雪もある。また、バンコクでも年によっては最低気温が20度を下回ることがある。3月から5月にかけては暑季 と呼ばれる非常に暑い気候となる。ただし半島部東海岸は年間を通じて降水量が多く、気温も高い。

政治

一時、国会議事堂として利用されていたアナンタサマーコム宮殿タイにおける実質的な最高指導者は、 国家平和秩序評議会(NCPO)議長のプラユット将軍である。NCPOは、2014年5月22日の 軍事クーデターにより全権を掌握した軍事政権が創設した組織で、 議長が首相を兼任する。

行政府や、立法府たる国家立法会議を上回る権限を保持しており、司法権を持つ憲法裁判所に対しても 政治的影響力を行使している。国家立法会議は過半数の議員を国軍の軍人や退役軍人が占めている。

国家元首

政治体制は立憲君主制であり、タイの国王は国家元首である。チャクリー王朝。その権限はタイ王国憲法により様々な制限が加えられ、 実権を掌握するのはNCPO議長である。

行政

国政の最高責任者は、首相である。中央省庁には、商務省、内務省、農業・協同組合省など、約20省がある。

立法

タイ王国陸軍総司令官プラユット・チャンオチャが2014年に軍事クーデターを起こし、同年8月25日に首相に就任し憲法と議会を廃止して 実権を掌握して以来、政党政治を禁止する軍事政権が続いている。

クーデター以降の立法府は「国家立法会議」である。 現在活動を停止させられている国会は、上下二院制の議会制民主主義をとっており、ラッタサパーと呼ばれる。

司法

司法権はサーンディーカーと呼ばれるタイ最高裁判所が持つ。なお、最高裁判所の裁判官は全て国王による任命制である。

深南部三県では一部のマレー系住民が以前から離反の動きを見せていたが、近年は状況が悪化し、パタニ解放戦線などの組織がパタニ王国 の復興を大義名分にして、反政府活動を行う動きが出ている。

21世紀に入っても不敬罪が存在する数少ない君主国であり、最近も国王を批判・侮辱する画像・動画が掲載されたことを 理由にYouTubeへの閲覧アクセスが長期にわたり遮断されるなどの事例もある。 国王への言論は厳しくチェックされている。

国際関係

冷戦期にはアメリカとの同盟を基調とした西側戦略であったが、伝統的に柔軟な全方位外交を展開・維持しており、ASEAN諸国との連携、 日本や中華人民共和国、マレーシアといった近隣主要国との協調を外交の基本方針としている。 クーデターで軍事政権になってからは中国との関係を深めている。

タクシン首相時代は、東南アジアの近隣国との関係強化、主要各国との自由貿易協定(FTA)締結を進める経済中心外交を行い、 地域の核となる立場を目指し、2008年7月から2009年12月までASEANの議長国を務めることが決まった。 カンボジアと闘争を起こしているが和解した。

タイと日本は、どちらも国家指導者レベルで長い関係を築いており、両国民間の関係も深い。なおかつ、立憲革命の際は当時有効だった 大日本帝国憲法が参考にされ、そのうち国王制や立法府制度などの根幹は21世紀に入ってからも形を変え つつ維持されるなど、事実上明治憲法の理念を共有した兄弟国であるとも言える。

タイにおける在留邦人は75,674人、タイへの日本人渡航者は約180万人。一方、日本における在留タイ人は54,809人 、日本へのタイ人渡航者は年間約132万人に上る。 タイは親日国という評価が多数あり、世論調査によると、タイ人が一番好きな国は日本である。

日本で発生した東日本大震災に際して、タイ政府は日本へ食料支援をしている。4億バーツの資金調達があった。さらに、タイ政府は1万5000トンの 米と2億バーツの津波被害者支援予算を承認した。

日本はタイにとって最大の貿易額と投資額、援助額を持ちトヨタ、ホンダ、日産自動車、いすゞ、日野自動車などの自動車関連企業の多く が進出している。また、空調メーカーであるダイキンといった家電メーカーなども多く進出し、国内市場への供給を行っているほか、 関税特典があるASEAN諸国内への輸出拠点として活用している。貿易も盛んに行われている。

1963年、プミポン国王シリキット王妃は友好関係を深めるため日本を訪れ、様々な産業の活動を視察した 日本の皇室とタイの歴代王朝はおよそ600年前から親密な関係 を持っておりこの皇室と王室の親密な関係が両国の緊密な関係の基礎になっている。 また、秋篠宮文仁親王のほか、両国の皇室、王室メンバーの公的または私的訪問が頻繁に行われている。

軍隊

タイ王国軍の正規兵力は30万6,600人で、男性は徴兵制による2年間の兵役の義務を有する。 陸海空のいずれに配属されるかはくじ引きで決まるが、徴兵を逃れるための賄賂はまだ 頻繁に行われている。軍は政治への関心が強い、頻繁にクーデターが行われている。

経済

タイのGDPは約3,952億ドルであり、東南アジアではインドネシアに次ぐ経済規模である。 教育に力を入れた結果、1980年代以降は、教育程度の高さと賃金の安さ、そして中流階級の増大による国内市場の拡大に着目した日本や 欧米諸国の企業の工場の進出が目立つ。あわせて関税特典があるASEAN諸国内への輸出拠点として活用している。

経済の安定や外国企業の積極的な進出を背景にした1980年代以降の高度経済成長はすさまじく、1985年から1995年にかけての10年間、 タイは年間平均9%の経済成長率を記録した。

その後は変動がありつつも緩やかに経済は向上している。肉体労働による出稼ぎを目的で訪問する外国人は多い。 古くからのタイの大きな経済問題として違法産業がある。これは教育や経済格差に起因するとされ、解消に向けて教育に力 を入れるようになった。

賄賂やバックマージン、リベートなどの商習慣が2000年代に入っても根強く残る。2012年に国内の大学が行った公共工事の受注に 関するアンケート調査の例では85%の回答者から賄賂が必要であったとの回答が見られた。

農業

タイ王国の農業は競争力が高く、その輸出は国際的に高い成功を収めている。コメが同国の最重要な農産物であり、タイ王国は、 世界のコメ市場における主要な輸出国の1つに数えられている。また比較的多く生産される他の農産物としては、 タピオカ、天然ゴム、穀物、砂糖などが挙げられる。

タイ北部はブラック・アイボリー・コーヒーの主要産地である。この他、パイナップル などを加工した食品の輸出が増加傾向にある。

また、沿岸部ではエビの養殖漁業なども行われており、その加工品の輸出なども行っている。 タイは世界最大の米の輸出国である。自家栽培を推奨して食料自給率の向上を目指している。

観光産業

山岳地帯、遊園地、ショッピングモール、世界文化遺産、リゾート地などのバリエーションに富んだ観光資源を持つ。老若男女に楽しめること からバックパッカーのみならず、家族連れも多く訪れる。

スワンナプーム国際空港が東南アジアのハブ空港となっていることもあり、 マレーシア、日本などの近隣諸国のみならずヨーロッパやアメリカ、オーストラリアからも多くの観光客を集めており、 観光業は大きな外貨獲得手段の一つである。

タイへの観光客は、2000年代より継続して増加しており、2007年には約1500万人となっている。この間、観光を巡る環境は良好だったわけ ではない。だが、タイは世界遺産などの遺跡やプーケット島などの豊かな自然といった観光資源 に恵まれていることに加え、公共施設や商業施設が開発により整ってきていることがタイの観光業へプラスの影響を与えている。

こうした好調な観光の背景には、タイの外務省も自国民の特徴として紹介しているタイ人の穏やかな国民性や、人種差別が少ないことも背景 にある。

交通

タイ国有鉄道による鉄道網が国内の主要都市の間を結んでいる。また隣国のマレーシアやその先のシンガポールとの 間はマレー鉄道でつながっている。さらにラオス、カンボジア国境へも鉄道路線があり、メコン川流域圏開発構想に伴い両国への延伸計画もある。

東南アジアにおけるタクシーの典型的かつ古典的なイメージは、三輪式の自転車である。タイ語では「サムロー(三輪の意)」と呼ばれる。 バンコクの都市部においては、交通の発達により円滑な交通の妨げになるとして乗り入れが禁止されたが、 地方においては現役で活躍しているのを見ることができる。

国内諸都市を結ぶ交通機関としては、鉄道よりも公共輸送公社によるバスの方が発達している。長距離区間では夜行バスの運行も多い。 都市交通もバンコクを除くほとんどの都市では小型トラックを改造して作ったバスが一般的である。

首都のバンコクやチェンマイ、プーケットなどの国内の主要都市の間は、半官半民のタイ国際航空、格安航空会社のタイ・エアアジアや オリエント・タイ航空、バンコク・エアウェイズなどの航空会社で結ばれているほか、これらの航空会社が諸外国の主要都市との間を結んでいる。

特にスワンナプーム国際空港はアジアのハブ空港の一つとして、世界中の航空会社が乗り入れるほか、ヨーロッパとオーストラリアとの 間を結ぶ「カンガルー・ルート」の中継地の一つとして利用されている。

エネルギー源

日本の住友商事や電源開発などの建設により火力発電所が稼働している。またタイ国家原子力技術研究所・タイ原子力平和利用事務局によっ て原子力発電所の建設が研究・検討されている。

通信

インターネットについては、かつてはタイ通信公社(CAT)がインターネット接続事業者の株式の提供を受けてISP免許を交付する形で、 事実上市場を独占・支配していたが、 1997年の世界貿易機関 (WTO) 基本電気通信交渉における合意に基づいて、2005年にタイのインターネット市場が正式に自由化された。 現在では多くの事業者が市場に参入している。不敬罪に対するチェックが厳しく言論統制が行われている。

国民

差別は残っているものの同性愛や女装などの異性装および性転換などに寛容であり、ニューハーフが多いことでも有名である。性転換手術も 合法であり、海外から性転換手術を希望する患者を多く受け入れている。

しかし、仏教国のタイでも少数民族への差別は少なくない。タイ東北部のイーサーン人やラオ族は、タイ中央部の人から差別や偏見をされて おり、特に標準語を話せないタイ東北部の人は差別の対象となっている。 タイは戦時中も植民地化されることなく中立を維持してきた。そのことを誇りに思う若者は多く、自国を愛する傾向にある。

礼儀作法の多くは国法で規定されている。挨拶をするときには、ワイと呼ばれる合掌をする。タイでは今も階級が細かく分かれており 、階級以外にも相手との関係などによって異なった種類のワイの作法が求められる。また、ヒンドゥー色の強い様々な風習や礼儀作法が存在する。 仏教寺院に入る際、肌の露出が高い服は拝観を拒否される。女性が僧侶の身体に触るのは禁忌である。

言語

タイで話されている主な言語として、タイ語

教育

1970年代初め頃から急激に改善が進められ、識字率は1995年の時点で95%を超え、 アジアの中でも特に識字率が高い日本やシンガポールなどと並び、世界的に高度な水準を誇っている。

タイの教育制度は6年間の初等学校、3年間の前期中等学校、3年間の後期中等学校となっている。なお、義務教育は 前期中等学校までの9年間である。

1917年に設立されたチュラロンコン大学は、タイで最も古い大学である。 経済の急成長を背景に近年では高等教育への進学率が高まっており、2003年には大学進学している。 東南アジア諸国においても高い率を誇る。通信教育による高等教育も盛んである。

治安

平和な国といわれることもあるが、殺人事件の発生件数が8,932件、 強盗の発生件数が758件、強姦事件の発生件数が4,255件となっており、性犯罪は米国と同等規模、アイスランドやイギリスよりは少ない。 政権が不安定なので、平和への評価は低い。

医療・保健

医療水準が低い国の富裕層などを旅行を兼ねて治療や健康診断を受ける医療ツーリズムが発達している。 西洋医学以外に、薬草などを使うタイ伝統医学があり、専門機関による研究や診療への利用が行われている。 エイズに感染する人や肥満の人の数が多い。

文化

美術・建築

この国の美術は工芸を除き前期を通じて仏教美術であるが、その史的展開はタイ族支配の確立以前と以後とでは異なる。 東南アジア諸国と同じく、初期の青銅遺品の多くは南インド系またはグプタ系の渡来の小さな仏像であり、6世紀以後になってようやく 土着民族による美術が現れる。

建築は寺院を主とする。寺院または伽藍をヴァットと呼び、その本堂は縦長のプランで正面と背面に切妻屋根をかけ、 破風を層に相重ね、豊富というより過多の木造装飾を 施すのが普通で、ビルマの影響が最も顕著である。

塔はインドのストゥーパに起源を持つプラ・チェーディと、クメール塔に 習った砲弾形のプラ・プラントの2種があり、寺院内にはその他多種多様の建物が多くある。

チエンマイにはインドのブッダガヤを模した建物があり、古都アユタヤは18世紀にビルマ軍に荒らされたが、それでも14~17世紀にわたる数多くの遺構遺跡 を残しており、バンコクには王宮寺その他近世の壮麗な寺院が多い。

文学

タイ文学においては上座部仏教の「業」の思想が長らく主題とされ、また、釈迦の前世譚であるパーリ語経典『ジャータカ』 が中世以来人気を集めてきた。

スコータイ王朝時代の文学は、ラームカムヘーン大王碑文に始まると言われる。 これはスコータイの王、ラームカムヘーンが学者を動員して書かせたもので、初めてタイ文字が使われた。

食文化

トムヤムクンやパッタイなどのタイ料理は、先進国を中心に世界的にポピュラーなものとなっている。そのスパイシーかつバラエティに 富む味と健康的な素材は日本や欧米諸国をはじめとする多くの国で高い人気を得て、特に北米、ヨーロッパにおいては1960年代、 1970年代頃から1990年代にかけて急速にタイ料理店の出店が進んだことが研究者により報告されている。

タイ国内には都市部を中心に非常に沢山の屋台がある。どこにでも見られる1人分5バーツ程度の菓子類や麺類などの軽食から、 また場所によってはツバメの巣やフカヒレスープなどの高級料理まで様々な味を楽しむことができる。

タイへのリピーター観光客の中にはこの屋台での食事を楽しみにしている人が多いが、路上で営業するという事情から必ずし も衛生的と言い切れない面もあり、慣れない人は食あたりを起こす場合もあるとされる。

熱帯気候に属するタイは果物の種類も豊富であり、また美味である。特にタイで最も暑い時期とされる4月は、ドリアン、マンゴーなどが市場 に出揃う。

タイでは、日本料理がブームとなり、国内に600店以上の日本料理店があるという。市場規模は50億バーツ強。 日本料理は健康によいとされていて人気がある。

スポーツ

国技のムエタイはスポーツとしての勝敗だけではなく賭けとしての関心も高い。ボクシングもまた人気の高いスポーツの一つである。 世界最大の団体である世界ボクシング評議会(WBC) の直系アジアボクシング評議会(ABCO)の本部が首都バンコクに置かれている。ただしタイではボクシングといえば通常ムエタイを指し、 本来のボクシングはムアイ・サーコン(国際式)と呼ばれている。

サッカーもタイ国内で非常に人気のスポーツとなっている。サッカータイ王国代表はFIFAワールドカップへの出場歴 こそないものの、AFCアジアカップでは自国開催となった1972年大会で3位に輝いている。 東南アジアサッカー選手権では、大会最多6度の優勝を誇る。

近年では日本のJリーグで活躍するタイ人も増加しており、著名な成功例では川崎フロンターレのチャナティップや、 元横浜F・マリノスのティーラトンなどが挙げられる。さらに元日本代表監督で あった西野朗が2019年7月1日からタイ代表を指揮していたが、2022 FIFAワールドカップ・アジア二次予選で敗退し2021年7月29日に解任された。

モーターリゼーションが進みつつある近年はパタヤなどに本格的なサーキットが建設され、自動車やオートバイによるレースなどの モータースポーツが盛んになってきている。古くはアジア人初 のF1ドライバーであり、世界的に著名なレーシングドライバーであるプリンス・ビラの出身国でもある。