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トルコ

トルコ共和国、通称トルコは、西アジアに位置するアナトリア半島と 東ヨーロッパに位置するバルカン半島東南端の東トラキア地方を領有する共和制国家。首都はアナトリア中央部のアンカラ。

アジアとヨーロッパの2つの大州にまたがる。北は黒海とマルマラ海、西と南は地中海に面する。陸上国境は、 西でブルガリア、ギリシャと、東でジョージア、アルメニア、アゼルバイジャン、イラン、イラク、シリアと接する。

国土はヨーロッパ州とアジア州にまたがり、北の黒海と南のエーゲ海・地中海をつなぐボスポラス海峡-マルマラ海-ダーダネルス 海峡によって隔てられる。面積は日本の2倍で、北緯35度から43度、東経25度から45度に位置し、東西1,600キロメートル、南北800キロメートルに及ぶ。

アナトリア半島は中央に広大な高原と海沿いの狭小な平地からなり、高原の東部はチグリス川・ユーフラテス川 の源流である。東部イラン国境近くにはヴァン湖とアララト山がある。

国内に多くの断層を持つ地震国であり、近年では、1999年のイズミット地震でマルマラ海沿岸の人口密集地が大規模な被害を受けた。 なお、他の地震国の多くと同様、国内に数多くの温泉が存在し、中にはヒエラポリス-パムッカレなど世界遺産の中に存在するものもある。

中近東という位置や地中海やエーゲ海からくる印象から、一般に温暖な印象であるが、沿岸地域を除くと冬は寒冷な国である。 エーゲ海や地中海の沿岸地方は温暖で、ケッペンの気候区分では 地中海性気候に属し、夏は乾燥していて暑く、冬は温暖な気候で保養地となっている。

政治

1982年に定められた憲法では、世俗主義が標榜されている。三権はほとんど完全に分立しており、憲法の目的 を達成するためにそれぞれの役割を果たすことが期待されている。

このことが、世俗派と宗教的保守派との対立を助長し、その対決が終息しない遠因ともなっている。立法府として一院制の トルコ大国民議会がある。行政は議会によって選出される国家元首の大統領が務めるが、首相の権限が強い議院内閣制 に基づくものであった。

その後、2007年の憲法改正により大統領は国民投票により選出されることとなり、また任期も7年から5年へと短縮 された。

国際関係

外交面では北大西洋条約機構加盟国である。また、NATO加盟国としては唯一、非欧米軍事同盟である上海協力機構の対話 パートナーであり、中露との軍事協力も行うなど、もはや西側一辺倒の外交路線ではなくなっている。

政府の公式見解では自国をヨーロッパの国としており、現代では経済的・政治的にヨーロッパの一員として参加しつつあり、 ヘルシンキ宣言に署名している。国土の96%がアジアのアナトリア半島にあり、人口でもアジア側が9割弱を占める。

首都アンカラはアジア側に位置し、最大の都市であるイスタンブールはアジアとヨーロッパにまたがる海峡都市である。 歴史的にもセルジューク朝をはじめイラン(ペルシャ)やイラクの影響が強い。 日本の公式見解では、中東アジアの国として分類されている。

1890年に、現在の和歌山県東牟婁郡串本町沖で発生したエルトゥールル号遭難事件で日本の対応が評価されたこと などから、両国の友好関係が築かれている。日本には多くのトルコ友好協会があり、交流が積極的に行われている。

隣国のギリシャとは緊張関係が続いている。古くはギリシャ人国家であった東ローマ帝国が現在のトルコにあたる地域を支配 していたが、やがてオスマン帝国がそれを滅ぼし支配下に置いた。その後、19世紀初頭に列強の後押しでギリシャが独立し、「大ギリシャ主義」を掲げて衰退の進むオスマン帝国からの領土奪回 を目論んだ。

バルカン戦争、第一次世界大戦後に領土をめぐり希土戦争が起こり、ギリシャとトルコの住民交換で解決された。しかし、当時イギリスの植民地だったキプロス島の帰属は 決められなかったため、キプロス独立後にキプロスと、トルコのみが 国家の承認をしている北キプロスに分裂した。

隣国のアルメニア共和国とは緊張関係が続いている。アルメニアの民族派がヴァン県など東南部をアルメニア人の奪われた土地 だと主張している。

軍事

軍事組織として、陸軍、海軍、空軍で組織されるトルコ軍 と内務省に所属するジャンダルマ 沿岸警備隊 が置かれている。兵役は男子に対してのみ課せられている。2011年末には金銭を納めることで 兵役を免除可能とすることで事実上良心的兵役拒否を合法化した。

指揮権は平時には大統領に、戦時には参謀総長に属すると憲法に明示されており、戦時においては 文民統制は存在しない。また、首相および国防大臣には軍に対する 指揮権・監督権は存在しない。

ただし、軍は歴史的にも、また現在においても極めて政治的な行動をとる軍隊であり、また、 国防予算の15%程度が議会のコントロール下にない軍基金・国防産業基金などからの歳入であるなど、平時においても軍に対する文民統制 には疑問も多い。この結果、軍はいわば「第四権」といった性格を持ち、世俗主義や内政の安定を支える大きな政治的 ・社会的影響力を発揮してきた。

軍事同盟としては1952年以降は北大西洋条約機構(NATO)に加盟し、1992年以降は西欧同盟(WEU)に準加盟している。また、 1979年それ自体が崩壊するまで中央条約機構(CENTO)加盟国でもあった。

経済

IMFによると、2018年の国内総生産(GDP)は約7,700億ドル(約85兆円)で、世界第19位である。1人あたりのGDPは9,405ドル (2018年)で、世界平均の約63%程であり、カザフスタンとほぼ同じである。産業は近代化が進められた工業・商業と、伝統的な農業からなり、 農業人口が国全体の労働者のおよそ18.4%(2016年)を占める。

漁業は沿岸部では比較的盛んであるが、エーゲ海ではギリシャ領の島々が本土のすぐ近くに点在しているため、 領海・排他的経済水域や公海上の漁獲量をめぐる国際問題が起きることもある。

一時期は経済的に落ち込んだ時期があった。 2002年以後は若干持ち直し、実質GNP成長率は5%以上に復調、さらに同年末に成立した公正発展党単独安定政権の下 でインフレの拡大はおおよそ沈静化した。

貿易は慢性的に赤字が続いている。2003年時点では輸出466億ドルに対し、輸入656億ドルであった。ただし、サービス収支、 たとえば観光による収入、所得収支、たとえば海外の出稼ぎからの送金などが多額に上るため、 経常収支はほぼバランスが取れている。

輸出・輸入とも過半数を工業製品が占める。世界第2位の生産量を占める毛織物のほか、毛糸、綿糸、綿織物、化学繊維などの 生産量がいずれも世界の上位10位に含まれる

工業は軽工業が中心で、繊維・衣類分野の輸出大国である。近年では、世界の大手自動車メーカーと国内の大手財閥との 合弁事業が大きな柱となっており、ヨーロッパ向け自動車輸出が有力な外貨獲得源になっている。

ヨーロッパ、中東、アフリカの結節点という輸出における地理的優位さもあり、製造業の生産能力や技術力は向上している。 上記以外にもアパレルのLC Waikiki、軍事関連のアセルサンといった有力メーカーが育っている。新型コロナウイルス感染症が世界に広がった2020年、 トルコは約140カ国にマスク、人工呼吸器、防護服といった衛生・医療物資を送った。

経常収支が赤字であるため、ロシア連邦を含むヨーロッパ諸国などから訪れる観光客は、貴重な外貨収入源となっている。 外国人観光客数は2014年のピークで3,683万人。

2021年5月時点、新型コロナウイルス感染症の世界的流行下でもトルコは観光客を受け入れており 、国民に課せられている外出制限も観光客には適用されていない。

空路のほか、クルーズ客船も利用されている。エーゲ海沿岸地域やイスタンブール、内陸のカッパドキアなどが観光地 として人気が高い。

地中海に面する西部と首都アンカラ周辺地域以外では農業の比重が大きい。特に東部では、地主制がよく温存されているなど 経済近代化の立ち遅れが目立ち、農村部の貧困や地域間の経済格差が大きな問題となっている。

資源・エネルギー

国土は鉱物資源に恵まれている。有機鉱物資源では石炭の埋蔵量が多い。2002年の時点では亜炭・褐炭の採掘量が6,348万トン に達した。これは世界シェアの7.0%であり、世界第6位に位置する。しかしながら高品位な石炭の生産量はこの20分の1過ぎない。 原油と天然ガスも採掘されている。

金属鉱物資源では、世界第2位の産出量のマグネシウムをはじめ、アンチモン、 金、鉄、銅、鉛、ボーキサイトなどの鉱物を産出する。

石油・天然ガスについては黒海で開発を進め、2002年の段階から生産を始めていたが、近年石油は100億バレル、 ガスは1兆5千億立方メートルと莫大な埋蔵量であることが分かった。これにより2023年から40年間にわたって、 国内消費分を賄うことができるようになるとの見通しである。

交通

都市人口率は2015年時点で 約73.4%であり、世界平均より約18ポイント高く、都市への人口集中 が進んでいるといえる。

三大都市圏として2大陸にまたがるイスタンブール、港湾都市イズミル(436万7,251人)が挙げられる。

交通の中心となっているのは、旅客・貨物ともに陸上の道路交通である。 鉄道は少し使いづらい。

政府は道路整備を重視しており、国内の道路網は2004年時点で6万3,220キロメートルに及んでいる。また、 イスタンブールとアンカラを結ぶ高速道路(Otoyol)も完成間近となった。

貨物輸送はもちろん、短距離・長距離を問わず旅客輸送の中心もバスによる陸上輸送が中心で、大都市・地方都市 を問わず都市には必ず「オトガル」と呼ばれる長距離バスターミナル が存在し、非常に多くのバス会社が多数の路線を運行している。

国民

国土の位置するバルカン半島やアナトリア半島は、古来より多くの民族が頻繁に往来した要衝の地であり、複雑で 重層的な混血と混住の歴史を繰り返してきた。現在のトルコ共和国 が成立する過程にも、これらの地域事情が色濃く反映されている。

宗教

前身である多言語、多宗教国家のオスマン帝国では、このような地域事情を汲み取って「ゆるやかな統治」を目指して統治を行い、 信仰の自由を大幅に認めていたため、住民にオスマン帝国民という意識はほとんどなかった。

各自の信奉するイスラム教や東方教会のキリスト教といった宗教に分かれ、さらに言語ごとに細かいグループ に分かれて宗教・言語のエスニック・グループの集団が存在し、イスラム教徒ではトルコ語、クルド語、アルバニア系といった母語 グループに分かれていた。

宗教構成は、宗教の帰属が身分証明書の記載事項でもあることからかなり正確な調査結果が存在する。それによると、 人口の99%以上がムスリムである。

言語

公用語のトルコ語のほかにたくさんの言語が存在する。

人名・婚姻

1934年に「創姓法」が制定され、全ての国民に姓を持つことが義務づけられたため、上流階級は他のアラブ諸国と 同じように先祖の名前や出自に由来する「家名」を姓とし、庶民は父の名 、あだ名、居住地名、職業名や、縁起のいい言葉を選んで姓をつけている。選択的夫婦別姓制度が実現している。

言論の不自由

政治的な理由でネット検閲が行われている。2014年には裁判所の命令がなくてもウェブサイトを遮断したり、インターネットを 通じて個人の閲覧記録を収集したりすることを首相に認める法律 が可決されている。

そのため、YouTubeなどGoogle関連を含む約3,700の外部サイトへのアクセスは政府によってブロックされており、 反政府運動の抑え込みや言論統制を理由にFacebookやTwitterなど ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)も度々ブロックされている。

2017年4月29日、政府は国内からのウィキペディアへの通信を遮断したと発表。

教育

義務教育機関として、8年制の初等教育学校が置かれ、そのほか4年制の高等学校、大学 などが置かれている。ほかに就学前教育機関として幼稚園(なども存在する。初等教育学校を含めてほぼ 全ての学校が国立だが、私立学校も存在する。ただし、私立学校 の1か月間の学費は、給食費・施設費などを含めて一般労働者の月収とほぼ同等で、極めて高価である。

公立高校・公立大学への入学にはそれぞれLGS・ÖSSの受験を必要とし、成績順で入学校を決定する。受験競争は存在し、 高校入試・大学入試のために塾に通うことも珍しくない。 2004年現在、男子児童の就学率は統計上ほぼ100%に到達したが、女子児童の非就学者は政府発表で65万人程度存在する。

治安

トルコの治安は現在、不安定さが目立ちがちとなっている。2007年以降、同国警察が犯罪統計を公表していないために詳細な 件数は不明であるものの、日本と比べると一般犯罪や凶悪犯罪は数多く発生している方で、置き引きやスリ、ぼったくり、詐欺 、性犯罪、偽警察官による犯罪も散見されている。

世界遺産

国土は、ヒッタイト、古代ギリシア、ローマ帝国、イスラームなど様々な文明が栄えた地であり、諸文化の混交が文化の基層 となっている。これらの人々が残した数多くの文化遺産、 遺跡、歴史的建築が残っており、世界遺産に登録されたものも9件に及ぶ。 伝統的な文化はこのような基層文化にトルコ人が中央アジアから もたらした要素を加えて、東ヨーロッパから西アジアの諸国と相互に影響を受け合いながら発展してきた。

文化

食文化

トルコ料理は伝統的に世界三大料理の一つとされ、ギリシャ料理やシリア地方の料理(レバノン料理など)とよく似通っている。 またイスラム教国ではあるが飲酒は自由に行われており、 ブドウから作られアニスで香りがつけられたラクが有名である。ワインやビールの国産銘柄も多数ある。コーヒー粉末と砂糖 を入れた小さな容器を火にかけて煮出すトルココーヒーは ユネスコの無形文化遺産に登録された。

文学

21世紀の小説家、オルハン・パムク。2006年にノーベル文学賞を受賞した ハリデ・エディプ・アドゥヴァル、ナーズム・ヒクメット、ヤシャル・ケマル、オルハン・パムク - ノーベル文学賞(2006年)

音楽

伝統的なトルコ音楽の一つ、オスマン古典音楽はアラブ音楽との関係が深く、現代のアラブ古典音楽で演奏される楽曲 の多くはオスマン帝国の帝都イスタンブールに暮らした作曲家が残したものである。

オスマン帝国とトルコ共和国で行われてきた伝統的な軍楽メフテルは多くの国に脅威と衝撃を与え、音楽家は着想を得て いくつものトルコ行進曲を製作した。

映画

トルコにおける映画製作活動は、第二次世界大戦後から劇的に増加して行く形で高まった。最近ではアラブ世界、そして 米国でもその存在が認知されるほどに成長を見せている。

建築

建築は、イランとギリシャ双方の影響を受け、独自の壮麗なモスクやメドレセなどの建築文化が花開いた。その最盛期を 担ったのがミマール・スィナンであり、スレイマン・ジャミィ などに当時の文化を垣間見ることができる。

スポーツ

トルコ国内ではサッカーが圧倒的に1番人気のスポーツとなっている。国内には18のプロクラブが参加するスュペル・リグを頂点に、 2部リーグ、3部リーグ、さらにその下部の地域リーグが置かれ、ロ・アマ合わせれば膨大な数のクラブが存在する。また、サッカークラブの多くは総合スポーツクラブの一部であり、 バスケットボールやバレーボールなど他種目のスポーツチームを同じクラブ が抱えることも多い。その他にバスケットボールやバレーボールやレスリングや武道が盛んである。